なぜ文学なのか
こんにちは、荻野です。
文学とはマイノリティに焦点を当て、例外的生き方から人間一般を明らかにしようとする企てです。
一般には例外的と思われるような状況設定に向き合い、多様なキャラクター、イデオロギーの持ち主たちがポリフォニー的に相互に関わることで、読者は否が応でも思考の駆動を強制されます。自分であったらその場でどうするか、思考することを余儀なくされます。
また文学は速読や拾い読みを許しません。そこには作家の血肉が反映された表現があり、技巧があり、描写があります。時間芸術としての文学は、1ページ目から最終ページまで遅読することしか許さないのです。その中でしか養われない思考力、判断力があります。ビジネス書や資格試験では、速読が役立つこともあるでしょう。仕事上、大量のドキュメントに短時間で目を通すこともあるかもしれません。しかし、文学を読むという行為は、それらとは全く質的に異なる行為です。
最後に、文学は人生全体のメタ認知を促します。人生というそれ以上の枠のないように思われる営みを、大きな文学という枠を他者を通して獲得することで、メタ的に認知可能になるのです。人生には多くの障害が待ち受けていますが、それらがなんであるか、価値判断ができるようになります。
ぜひ文学輪読ゼミでご一緒しましょう。
- この記事を書いた人
- 荻野 智明
駒場東邦中に進学。トップ学生だったが、物理と化学に嫌気がさし、医師である両親と同じ職に就くことにも嫌気がさしたため、私大医学部を蹴って東大に後期で入学。
人間に関わる人文系への興味が根本にあったため、哲学と法学を学ぶ。好きに学問を追求し、中国の占いを2年間独学し、今に至る。
・2006年 駒場東邦入学
・2012年 東京大学文科一類入学
・2018年 国家総合職経済区分合格
・2019年 東京大学法学部卒業